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2005年8月 8日 (月)

郵政は民営化するべきだと思います

ウチのようなサイトをやっていると、当然、郵政民営化反対なんだろうな、と思われるかもしれませんが、実は賛成です。

会社には佐川急便がメインで出入りしてますけど、本当に愛想がいいです。その反面、郵便物の配達の人。いつもブス〜〜っとしていて、労働の喜びって感じているんだろうか、って思います。
我が家でもそうです。クロネコヤマトの人は不在でも、電話一本ですぐ持ってきてくれますよね。

郵政が民営化されて、国鉄の二の舞、つまり、ローカル線の切捨てを心配する向きもありますが、装置産業と労働集約型の郵便ではビジネスモデルの組み方が全然違います。

そもそも、郵政の民営化は、郵便貯金があつめた350兆円の資金を公共投資にまわして、道路公団とか整備新幹線などが不要不急の工事をやったもんで財政が破綻しているンですよね。その破綻の蛇口を締めないことには、いつまでたってもジャジャ漏れ。

最近、こんなニュースがあって唖然としました。
一つは、石綿問題で、当時連合は、石綿産業の労働者の雇用確保のため、石綿規制に反対をしたとか。
また、信号機。最近は例の発光ダイオードで、寿命は伸びるは、消費電力は激減するは良い事尽くめなんですが、どういうわけか、従来型の信号機が所々に残ってますね。信号機産業の雇用を確保するんですって。

世の中進歩しているんです。その過程で雇用が喪失されるケースも出てきます。40万人の郵政労働者をどうするか、それを議論するのが政治ですよね。
今の動きは、ラッダイト運動そのもののような気がします。

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コメント

ちょっと長文になるが、田舎の新聞に投稿した今度の選挙と郵政民営化の関連について、

    『小泉の真の狙い』
 郵政民営化問題に端を発した衆院選も小泉自民党の一人勝ちとも言える圧勝に終わった。これにより意を強くした小泉首相は郵政民営化を始め小泉改革を今までより強く推し進めることになる。
しかし、この解散、総選挙は何かおかしい。憲法に定められた三権分立の建前から言うと、国会で内閣不信任案が成立した時に政府が信を問うために解散権を有するのであり、一法案の成否をめぐっての解散は前例がない。掟破りの解散と言われるゆえんである。これも小泉改革なのだろうか。能代市のある議員のHPには『内閣の総辞職という選択肢もあっただろうが今回の総選挙は、小泉首相が自民党をまとめきれずに後始末を国民に丸投げしたようなものである。』と書かれていたが、これも誤った見方である。今回の解散、総選挙の背景には小泉総理の周到で緻密な計算が隠されている。
 ここ秋田二区でも野呂田候補は郵政民営化反対の立場に立ち、同じく反対に回った全国の旧自民党候補と同様に公認から外され、その前に対立候補、いわゆる刺客候補が対抗馬として立ちはだかった。だが実は参議院での採決の時既に刺客は居たのである。この法案は衆議院で可決、参議院ではどうしても否決する必要があったのである。それは反対派のあぶり出しのためであった。少数反対での可決では反対派の処分は出来ない。かくして参議院に刺客が送り込まれ否決となった。その刺客たちは選挙期間中単独過半数を握れる党が出来た場合、小泉改革が国民に認知されたものとして再度の採決では賛成に回ると表明した。結果、自民党は大勝し小泉総理は反対派の衆議院議員、特に対立する大物議員の放逐に成功したのだ。
 郵政問題を焦点にしたのは、それが対立する最大派閥、橋本派の牙城であり、田中角栄から続く郵便貯金、簡保資金を基にした財政投融資資金、典型的な道路箱物行政の建設資金であり、田中派時代からの政治資金源であったからに他ならない。この資金源を民営化によって潰し、返す刀で法案審議を経て国会の解散を強行し自民党から対立派閥の議員を一掃したのである。
 小泉総理は都市型候補である。地方を地盤とせず、利益誘導型の議員ではない。彼の改革の主眼は自身言っているように自民党をぶっ潰すこと、それは旧来の利益誘導型の派閥集団を無くすことである。また官僚主導の政治を政治家主導に変える事である。戦後日本の政治は実務を握り、実質的に予算をにぎる官僚によって進められてきた。政治家は実務においては官僚の操り人形に過ぎなかった。中国古代王朝は宦官政治によって腐敗したが日本の近代政治は官管政治(官僚の管理する政治)によって閉塞状況を作り出してきた。国会議員の中にも多くの官僚出身者が居る。二世議員の小泉総理にとって官僚政治家とは考え方も政治手法も相容れない間柄なのである。
 まず、官僚から税の配分権と事業の裁量権を奪うこと。それが公社、公団の民営化であり、また地方交付金の見直し、補助金見直しなのである。そして地方選出の議員が派閥力学によって動き、政府の元に一枚岩とならない利益誘導、地元利権の代表となる構造の破壊。派閥を核とした古い体制の政治家を排除することなのである。税比率を見直し、国家事業となっている全ての公共事業、更には年金、介護、福祉などを地方に財源と共に委譲すること。チープガバメントの構想である。中央政府は軽くなったお荷物を投げ捨て、外交、内政とも肝心要のイニシアチブを握る。都市型議員でなければ出てこない発想である。
しかし、それは地方にとってどういう状況を意味するか?十分な財源と税の配分は得られるのか。答えは否である。過去最大700兆円に達しようとする国債発行高、増大する介護費用、年金財源の不安、そうした中で財源委譲は十分なものが配分されるとは到底思えない。郵政民営化も将来、採算、非採算の秤のみで局の存続や人員配置、集配、業務の格差がついてくる。そのとき地方自治体はその補完をせざるを得ない立場に追い込まれはしないだろうか。
現在の国債債務残高は政府の責任であるが、これから積みあがることが予想される債務は全て権限と共に委譲された地方自治体の責任となる。そして今後の年金、福祉などを考える時、積みあがるものの方がはるかに大きい。まさに郵政民営化は(国にとって)改革の第一歩である。しかしそれは地方にとっては新たな負担と苦しみを背負わされる第一歩となりはしないだろうか。
今このとき、地方の行政、政治家、そして市民も変わらなければこの苦難の時代を乗り越えることは出来ない。相変わらずの中央官庁詣で、補助金欲しさの陳情や箱物行政、開発やインフラ整備の土建行政ではもはや再建は不可能と知るべきである。必要とされるのは地に足の付いた産業構造の構築であり、地方の特色を生かし、第一次産業を基幹とした自給自足できる社会を作り上げることである。生活圏内を効率よくコンパクトにまとめ、過大な金を必要とする開発やインフラ整備を抑え、省資源の考え方で廃棄物を抑制し、再利用と改修によって施設を運用する知恵である。政治、行政、福祉ボランティアを始めとする地域社会の人的交流を取り戻し人的削減を可能とする施策である。
ともあれ小泉改革は(それが地方にとって本当に改革と呼べるものであるかどうかは疑問だが)急速にその真の構想に向かって進むだろう。今、地方は変わらなければその波に飲み込まれ崩壊していくのみであろう。

投稿: 森のフクロウ | 2005年9月14日 (水) 15時49分

ヤフーのブログで日記を書いてるものですが、のびさんの歌声喫茶を使わせてもらってます。勝手なことをして申し訳ありませんが、一度紹介したら皆さんが、喜んでくれたものですから。問題がありましたら記事を消去しますので、お知らせください。

投稿: many445gg | 2005年8月13日 (土) 22時21分

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